2010年6月13日日曜日
2010年5月20日木曜日
大事そうなものを大事そうに
大事そうなものを大事そうに運んでいる。
映画の世界なら、こっちはフェイクで、ほんとうに大事なものは、軽装の女性が小さなカバンに入れて、涼しげな表情で運んでいたりする。こっちを追いかけている間に、ほんとうに大事なものは、危険な目にあうことなく目的地に到着する。
しかし、治安レベルの高い国であれば、大事なものは、やはり大事そうに運ぶんだと思う。プロテクタを着込んで運んでいる人たちに戦いを挑むのはかなり無謀なことに思えるし、仮にここを逃れても、警察が追ってくるだろうし、現金ならその番号からいろいろと割り出されてしまうので、使うこともできない。
そんなふうに考える人が多い国では、大事なものは大事そうに運ぶべきだ。
さて、これはほんとうに大事なものを運んでいるのだろうか?
Kota Nezu | znug design, inc.
場所:名古屋駅
2010年5月18日火曜日
想像がふくらみます。。
多目的、という言葉。確かに普通のトイレに比べれば、障害のあるかたに対しての配慮があったり、赤ちゃんのオムツが変えられたり、より機能が多いのは間違いない。
しかし、この中であんなことやこんなことまではしてはいけないはずで、ちょっと期待させすぎな気がする。
あいまいな表現は、より多くの可能性を提示できるが、同時に、情報の受け手の人間性への依存度も高くしてしまう。
Kota Nezu | znug design, inc.
場所:新宿区,日本
2010年5月13日木曜日
2010年5月12日水曜日
2010年5月2日日曜日
人をしあわせにするもの、続き
カエルが大好きなのですが、今日はこれに釘付けになりました。

おなじみグリコのプリッツなのですが、箱がカエルに見立てたデザインになっています。絵柄の腕のところにミシン目が入っていて、トートバッグなどにひっかけると、お出かけのお供としてつれていけますよ、というアイデア。
この箱のための新しいデザイン、ミシン目の追加、などの原価はもちろんゼロではないわけですが、このちょっとしたことで自分はずいぶんとしあわせになりましたし、結局、購入することになりました。
装着完了です。とぼけたまなざしがラブ☆
Kota Nezu | znug design, inc.
おなじみグリコのプリッツなのですが、箱がカエルに見立てたデザインになっています。絵柄の腕のところにミシン目が入っていて、トートバッグなどにひっかけると、お出かけのお供としてつれていけますよ、というアイデア。
この箱のための新しいデザイン、ミシン目の追加、などの原価はもちろんゼロではないわけですが、このちょっとしたことで自分はずいぶんとしあわせになりましたし、結局、購入することになりました。
装着完了です。とぼけたまなざしがラブ☆
Kota Nezu | znug design, inc.
場所:2丁目,練馬区,日本
2010年5月1日土曜日
人をしあわせにするもの、見立ての考察
Kota Nezu | znug design, inc.
場所:自宅
場所:自宅
2010年4月28日水曜日
ワカモノグルマ(死語)とチョイワルオヤジ(死語)
ひとつの極論を言いましょう。
「世の中のオッサンがカッコ悪いから、若者がクルマを買わないのだ!」
ケータイの通信費がかさんでクルマを買う余裕がない?
それはまぁそうなんでしょう。
身の丈消費で、ライフスタイルに合わない大きな買い物をしない?
そんなこともあるかもしれません。
「世の中のオッサンがカッコ悪いから、若者がクルマを買わないのだ!」
ケータイの通信費がかさんでクルマを買う余裕がない?
それはまぁそうなんでしょう。
身の丈消費で、ライフスタイルに合わない大きな買い物をしない?
そんなこともあるかもしれません。
ファミリー層に訴求するミニバン中心のラインナップになったから?
もうどうでもいいです、そんなこと。
こんなことを全部どこかへふっとばして、若者がクルマを買うモチベーション。
それは「憧れ」。
カッコイイオッサンがカッコイイクルマに乗っていたら、いつかはオレもとなるわけです。
でも10年待つほど呑気じゃないから、身の丈にだいぶ余る買い物もしちゃうわけです。
だから若者にクルマを売りたければ、カッコイイオッサンを育成するクルマを考えればいいのです。
だから若者にクルマを売りたければ、カッコイイオッサンを育成するクルマを考えればいいのです。
幸運なことに自分のまわりはカッコイイオッサンだらけです。余裕でカッコイイクルマをブン回してます。
オレもカッコイイオッサンになろう、と本気で思ってます。
オレもカッコイイオッサンになろう、と本気で思ってます。
ほかにもいろいろ考えたり、何も考えなかったりしながら作ってますが、その話はまた今度。(こればっかりですね。)
2010年4月26日月曜日
傘、修理します。
いまどき、傘を修理して使う人が何人いるのだろうか?
せっかくのこの看板がなんだかかわいそうに見えてしまう。
安価に買い、刹那的に消費する。壊れても悔しくないから安易に捨てる。100円ショップに行くな、とは言わないが、壊れたら直したくなるものを所有するというのも大切なことだ。
こういうことは様々な大切なこととリンクしている。よいものを大切に使うというのは文化であり、国の民度の高さに他ならない。
作り手はよいものを作って相応の値段で売り、買い手も価値を理解した上で対価を支払う。つまり、買い手にも相場観が求められる。自分の作品を展示会に出品したときに感じる日本と欧州の一番大きな違いはここにある。今の日本には、何か新しいものに出会ったときに、自分なりの価値観を持って値段をつけられる人が圧倒的に少ない。ベンチャービジネスがいまひとつもりあがらないのも同じ理由だと思う。
対価を支払い、ものを手にした時点で、そのものとのおつきあいがはじまる。はじめはおそるおそるすべてにおいて過剰に大切に扱うが、そのうちに使い方やメンテナンスの要点が見えてくる。ものをよく理解した人の扱いは、時に一見乱暴そうに見えることもあるが、決してものを傷めず、機能を最大限に引き出している。(すぐに何人かの人の顔が浮かぶナぁ。。)
大切に使わずに壊れてしまったのなら、それは使い手が悪いのだ。顧客に対してはっきりとこう言い返すことも時には必要だろう。ものを媒介に作り手と買い手はお互いに高めあう存在であるべきだ。
自分なりの価値観を持って値段をつける、ということに関しては、「デザイン」という実態のない知的財産のようなものになると事態はもっと深刻だ。深刻すぎて胃が痛くなりそうなので、人間ドック前日の今日ではなく、また別の機会に書きたいと思います。
Kota Nezu | znug design, inc.
場所:4丁目,杉並区,日本
本来とは違う使い方
2010年4月25日日曜日
2010年4月23日金曜日
日本(人)崩壊
2010年4月15日木曜日
digital divided, real connected.
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